有吉弘行の出身は?アイドル的人気からどん底を経験して天下取りへ
有吉弘行の出身はどこでしょう。今では地元の英雄的存在になっているのではないでしょうか。若くしてブレイクしアイドル的な人気を博した後、どん底の低迷期を経験し、再ブレイクを果たし、今やテレビ界の天下を取る勢いの芸人です。
一芸人というよりも、人気司会者と言っても過言ではないかもしれません。栄光と挫折を知る「有吉弘行」について、紐解いてみましょう。
名前を間違って届けられた
有吉弘行は本名で「ありよしひろいき」と読みます。「ひろゆき」と名前をつける予定でしたが、父が出生届に「ひろいき」と間違って記入して、役所に提出してしまいました。
1974年5月31日生まれの46歳(A型)で、広島県安芸郡熊野町の出身。熊野町は、広島市の東側に位置し、熊野筆は質の良い毛筆・画筆や高級化粧筆として世界的にも有名です。
2011年には国民栄誉賞の記念品として「なでしこジャパン」に贈られたことでも知られています。母は熊野筆の要である穂先を作る仕事をしていたそうです。
広島東洋カープの熱烈なファンで、高校生の時には度々バイクで球場に観戦に行っていました。子供の頃から山本浩二や衣笠祥雄・高橋慶彦などが活躍し、優勝を何度もする強い赤ヘル軍団に憧れていました。
公式サイト:https://www.ohtapro.co.jp/talent/ariyoshihiroiki.html
若気の至りからコンビ結成
有吉は高校3年の1992年12月に、読売テレビの深夜番組「EXテレビ」で公開弟子審査会というオーディション企画に応募して合格し、オール阪神・巨人の巨人師匠に弟子入りします。しかし師匠が所属する吉本興業には、まだ所属していませんでした。
付き人になって8カ月後、師匠の下で共に学ぶ兄弟弟子と喧嘩をして、これがトラブルになり謹慎になります。謹慎中の有吉は、師匠に無断で地元に戻ってしまうのです。
そのまま巨人師匠には連絡もせず、1994年に同郷の同級生である森脇和成とお笑いコンビ「猿岩石」を結成。太田プロダクションに所属し、東京で野宿する暮らしを最初はしていました。
「進め!電波少年」で過酷な旅
「進め!電波少年」(日本テレビ)はアポなし突撃ロケなどで、様々な無茶にチャレンジした伝説的な人気バラエティー番組です。まだ無名の若手芸人だった猿岩石は、企画の内容を明かされずオーディションを受けます。
Take2(東貴博と深沢邦之)が本命でしたが、半年間スケジュールが空いている猿岩石が起用されました。猿岩石の二人は、1996年4月に何も知らず香港へ連れてこられ、ロンドンまでヒッチハイク旅の企画を告げられスタート。
10万円の所持金はすぐに底をつきます。インターネットや携帯電話も普及していない時代で、体一つで挑む過酷な旅でした。途中から人気が出始め、「旅人よ」という爆風スランプによる応援歌も発売されるなど、多くの国民が二人を応援。幾多の試練を乗り越え10月に感動のゴールを迎えました。
大ブレイクから一転
帰国すると猿岩石は大人気になっていました。旅のエピソードを書いた「猿岩石日記」はベストセラーになり、12月には歌手デビューも果たします。
藤井フミヤと藤井尚之の兄弟が作詞作曲、秋元康プロデュースの「白い雲のように」はミリオンセラーを記録し、1997年の日本レコード大賞新人賞を受賞。今でもカラオケなどで人気の名曲です。
一芸人としては考えられないようなフィーバーが巻き起こり、アイドル的な人気でした。その後もヒット曲を出し、歌番組や芸人としてもバラエティー番組に引っ張りだこ。
20代前半に一気にピークを迎え、次第にブームは過ぎ去ります。2000年頃からは広島のローカルな仕事がメインとなり、仕事が少ない低迷期間が長く続きました。
売れていた時に一発屋を予感して、堅実に蓄えておいたお金で倹約して過ごす日々でした。
キャラを変えて復活
2004年にはコンビを解散。有吉はピン芸人になり、暫くはどん底の日々で精神的にも辛い時期でした。「内村プロデュース」(テレビ朝日)に体を張って出演するなど、過去の女性人気は諦めて、男性にターゲットを絞るようになります。
「竜兵会」で慕う上島竜兵(ダチョウ倶楽部)にも助けられ、徐々に復活の兆しを見出します。2007年8月、「アメトーーク!」で、ひな壇に座る芸人に対し、世間のイメージを有吉があだ名で表現。
特に品川祐(品川庄司)に言い放ったあだ名「おしゃべり○○野郎」が大爆笑、その後番組の年間流行語大賞にもなりました。あだ名をつけられた品川祐も、売れる人だと直感したそうです。
あだ名で「元気の押し売り」とつけられたベッキーも大絶賛。毒舌のあだ名がきっかけとなり、再ブレイクをしていきます。先輩タレントに毒舌を言っても笑顔という憎めないキャラも魅力で、視聴者の言いたいことを代弁して言ってくれるようなスカッと感もあるのでしょう。
冠番組を多く持つ人気MCに
「有吉の壁」(日本テレビ)など、冠番組がついた番組が今では各局にたくさんあり、テレビをつけると有吉を見ない日はないほどです。
観察力の良さ、場の雰囲気を読む力、絶妙なトークでMCとして欠かせないタレントとなりました。まだ46歳、大御所と言われるような司会者となり、テレビ界の天下を取る時が近いかもしれません。